飲食店を運営していると、
一日のほとんどは「処理」で埋まっていきます。
お客様に対応し、
スタッフを動かし、
キッチンとホールを行き来し、
問題が起きればその場で判断する。
店が回っているという事実そのものが、
「自分たちは管理できている」という感覚を生みます。
しかし、その感覚は、
多くの場合、錯覚に近いものです。

忙しい店ほど、管理は後回しになる
「管理」という言葉は、
多くの場合、
すぐに売上につながる行為ではありません。
・原価を見直すこと
・発注内容を整理すること
・予約の流れを構造として把握すること
これらはすべて、
「時間ができたらやろう」という位置づけになります。
問題は、
飲食店にはその「時間」が
ほとんど存在しないという点です。
忙しければ忙しいほど、
管理は常に後回しにされていきます。
その結果、管理は「記憶」と「感覚」に委ねられる
管理すべき項目は増え続ける一方で、
整理する余裕はありません。
その結果、
管理は仕組みではなく、
人の記憶や感覚に依存するようになります。
・この食材は、だいたいこのくらい使ったはず
・予約はいつもこのやり方で回っている
・発注は昨日と同じ感覚で入れておけば問題ない
こうした判断は、
短期的には大きな問題を起こしません。
だからこそ、
気づきにくいのです。
問題が表に出て、初めて管理が意識される
ロスが増えたとき、
原価が合わなくなったとき、
予約が崩れたとき、
人が限界を迎えたとき。
その段階になって、
初めて
「どこでズレたのか」という問いが生まれます。
しかしこの時点では、
すでにそれは
管理の問題ではなく、
結果として現れた問題になっています。
なぜ管理できているように見えてしまうのか
飲食店の現場は、
常に動き続けています。
判断し、対応し、決断する場面が
一日中続きます。
だからこそ、
「管理している」という錯覚に
陥りやすいのです。
しかし実際には、
・情報は分散し
・記録は残らず
・判断は特定の人に依存している
この状態は、
管理ではなく、
現場を必死に回している状態に近いと言えます。
問題は、意欲や努力ではない
ここで強調したいのは、
これは意欲や真面目さの問題ではない、
という点です。
飲食店は、
すでに十分すぎるほど多くの仕事を抱えています。
問題は、
これだけの業務をこなしながら、
同時に管理まで求められる構造そのものが、
あまりにも過酷だということです。
管理すべきなのは、人ではなく構造だ
人を増やしても、
管理が改善されるとは限りません。
経験者一人に
すべてを任せても、
問題は解決しません。
管理されるべきなのは、
人ではなく構造です。
情報が集まり、
流れが見え、
判断が個人の頭の中ではなく、
環境の中で行われる。
その状態になって、
初めて「管理」と呼べるものが
成立します。
だから現場は、少しずつ疲弊していく
管理しているつもりのまま、
現場は今日も回ります。
回り続けますが、
確実に疲れていきます。
この疲労は、
ある日突然起きるトラブルではなく、
静かに蓄積していく
構造的な疲れです。
そしてその疲れは、
予約の問題へ、
発注の問題へ、
業者との摩擦へと、
形を変えて表に出てきます。

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